大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(新う)1342号 判決

控訴人 被告人 田端四郎

弁護人 田畑喜与英

検察官 八木新治関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は、末尾に添付した被告人及び弁護人田畑喜与英の作成名義に係る各控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつてこれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人田端喜与英の控訴の趣意第一点について

起訴状に記載すべき事項は、刑事訴訟法第二百五十六条及び刑事訴訟規則第百六十四条に規定されているからこれら法定の記載事項以外の事項を起訴状に記載すべきでないことは勿論であり又右刑事訴訟法第二百五十六条第六項には起訴状には裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し又はその内容を引用してはならないと定められているから、かような書類物の添附又は引用ができないばかりでなく裁判官に事件について予断を生ぜしめる虞ある事項を起訴状に記載することも当然禁じられているものと解すべきである、ところで本件起訴状を見ると、所論のように、その末尾に「追而被告人に対しては余罪捜査中で追起訴の見込につき申添える」との記載があるがかような事項は前記法令に定められた起訴状の記載事項ではなく又本件の起訴或は起訴事実と何等関係のないことであるから、起訴状にかような記載をしたことは、まさに原審検察官の失当な措置といわざるを得ない、しかしこの記載が裁判官に起訴事実について予断を生ぜしめる虞あるかどうかと考えてみると、必しもこれを肯定することはできない、けだし被告人が起訴事実以外にも何等かの犯罪の嫌疑を受け検察官が捜査中であるという事実は被告人の一般的行状に関して好ましくない印象を生ぜしめる虞はあるが、裁判官がかような被告人の一般的行状について、好ましくない印象を受けたとしても、このことより直ちに特定の起訴事実について予断を抱くとは考えられないことであるし又、被告人が他の何等かの犯罪について嫌疑を受けているという事実はそのこと自体、直接にも間接にも当該起訴事実の存在を推定せしめるに足りる事実ではないからたとえ裁判官がかような記載を読んでも、このことより本来の起訴事実について有罪の予断を抱く虞はないからである、要するに本件起訴状中の前記記載は、原審検察官の過誤には相違ないがその記載内容は刑事訴訟法第二百五十六条第六項の規定に違反するものとは認められないから右の記載あるがため本件起訴状の効力に消長を来すことはない、なお論旨は、本件起訴状の公訴事実の記載用語中にも違反のものありと主張するけれども、公訴事実はもともと検察官が被告人に犯罪ありと認めその事実を表示するものであるからその行文にはその犯罪事実を表示するに適切な辞句を用いるのが当然であつて論旨指摘の用語の如きも敢て不当のものとも認められないし仮に他の用語、行文に多少修飾の過ぎるものがあつたとしてもこれがため起訴状の効力を失うものとはいえない。

以上の理由により本件起訴状が、違法なりとの主張は採用できないからその主張を前提として原審の訴訟手続に違法ありとの論旨は理由ないものである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 久永正勝)

弁護人の控訴趣意

第一、起訴状には裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞ある書類その他の物を添付し又はその内容を引用してはならない、これは起訴状の記載自体にも予断を生ぜしめる記載を許さぬものに外ならない。

本件起訴状を一読すれば如何にその行文が通常のそれと異つておるか直に判る、殊に「同人方に乗込み」云々等の筆勢極めて穏当を欠き読む者をして又聞くものをして被告人がその犯行を敢てした不逞の者との予断を生ぜしめずにはおかないと信ずる、かかる起訴状は刑訴第二九六条末項の規定に違背しているから、これに基いた原判決は破棄さるべきである。

又同起訴状末尾には「追而被告人に対しては余罪捜査中で追起訴の見込に付申添える」と書いてある。又第七回公判調書検察官論旨には「最近被告人に対して賍物を故買しているような風評があつて情状は感心しない」とあり乍らこの間も更に判決迄の間も余罪の有無さへ確定されていない、抑前記追記の如きは被告人に対し裁判官に予断を生ぜしめる虞あるものとして最も甚だしきものである、余罪があつて捜査中であると検察官が之を起訴状に明記する場合裁判官が起訴事実につき犯罪の予断をもつようなことは百パーセントないとは断言出来ることではない、むしろ余罪の捜査を受けている、しかも追起訴の見込という位なら起訴事実の有責は勿論肯定さるべきであるかも知れぬとの予断を生ずる虞あることは何人も否定し難いと信ずる。

本件においては最後迄その余罪の何物であるかが検察官により明かにされていない、殊にその論告においては故買の風評があるに止まつている、これら前後の事情を正視すれば前記追記は実に「事件につき裁判官に予断を生ぜしめる」ために記載されたものであると云ふ外なく、仮りに事後の点を除外するも起訴状において「予断を生ぜしめる虞ある」もの以外の何物でもない、何故かかる記載をする要があるか審理併合の関係ならば追訴の際その旨を明かにすれば足りる、他にかかる追記をなすべき合理的根拠-刑訴二五条に違反せざる-は存在しない、かかる起訴状に基き審判された原判決は破棄を免れないと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例